アメリカのポテトキング!
アメリカの歴史の中で、「Potato King(ポテトキング)」と呼ばれた人物がいます。広大な農地を干拓し、カリフォルニア州のジャガイモ市場をほぼ独占したその人物―実は、日本人移民の George Shima(ジョージ・シマ / 本名:牛島謹爾) です。
アメリカの子どもたちの歴史教育でもほとんど触れられないことですが、かつてカリフォルニア州のジャガイモ生産量の85%を、たった一人の日本人が担っていた時期があったのです。
荒れ地を見て
「ここは宝の山だ」と気づいた日本人
1889年、牛島謹爾は久留米からアメリカへ渡りました。最初は農場で働く労働者としてゼロからのスタート。
しかし、彼には「土地を見る目」がありました。湿地で誰も手をつけようとしなかったデルタ地帯―その土地を「ジャガイモ栽培に最適な場所」に変えられると確信したのです。
そこからの行動力がすごい。
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水路を引き
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土地を干拓し
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水はけを整え
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大規模な農地に再生
こうして作られた農地で育ったジャガイモは、品質が高く、全米で「Shima potatoes」と呼ばれるブランドに。
👑 「ポテトキング」と呼ばれるまで
農地はどんどん拡大し、ついには カリフォルニア州のジャガイモの約85%がシマの農場から出荷 されるようになりました。その圧倒的な生産力と品質の高さから、アメリカ人たちは彼をこう呼びました。
「Potato King —— ポテト王」
牛島は、アメリカで初めて成功した日本人実業家であり、最初の日系ミリオネアとも言われています。
https://crookcountyhistorycenter.org/2022/03/the-japanese-potato-king/
日本ではほとんど知られていない偉業
これほどの偉業にもかかわらず、日本国内で彼の名前を知る人は多くありません。同時代の移民たちが差別や排斥の中で苦しんでいた時代に、牛島はアメリカ社会の中で地位を築き、農業技術、経営力、そして信頼で成功を手にしました。
この事実は、「日本人は世界で活躍してきた」という誇りを改めて感じさせてくれます。英語を学ぶ子どもたちにも伝えたい物語として、これからも紹介していきたいと思います。
終わりに — 海の向こうで輝いた日本人たち
海外で活躍する日本人というと、スポーツ選手やアーティストのイメージが強いですが、歴史をひもとくと、もっと多くの日本人が世界のさまざまな分野で活躍してきました。「ポテトキング」牛島謹爾の物語は、その中でもとくに輝くストーリーのひとつです。
