アメリカでのいい話⑧ アメリカのワイン王 

 

― ワイン王と呼ばれたサムライ・

長沢鼎 ―

 

さあ、もうすぐクリスマスです。
街にイルミネーションが灯り、心が少し温かくなるこの季節。
クリスマスと聞くと、ワインを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

今日はそんな時期にふさわしく、
英語の壁を越え、アメリカで成功を収めた一人の日本人をご紹介します。

その名は 長沢鼎(ながさわ かなえ/Kanae Nagasawa)
薩摩藩士として生まれ、明治維新という激動の時代に海を渡った人物です。

彼は、アメリカ・カリフォルニア州。
サンフランシスコから北東へ車で約1時間半ほどの場所、
サンタ・ローザ郊外に、1880年ごろワイナリーを開いたサムライでした。

後に彼は、アメリカのレーガン大統領から
「ラスト・サムライ」 と称えられることになります。


 

新天地アメリカでの苦闘

 

明治維新のころ、日本は大きく姿を変えようとしていました。
その中で、新しい可能性を求め、多くの日本人がアメリカへ渡りました。
長沢鼎も、その一人です。

しかし、現実は甘くありませんでした。
開拓したブドウ畑は、害虫によって壊滅的な被害を受けます。
言葉も文化も違う異国の地で、何度も心が折れそうになったはずです。

それでも、彼は諦めませんでした。


 

日本の技術が世界を救った

 

長沢鼎が活路を見出したのは、
日本で培ってきた「接ぎ木」の技術でした。

害虫に弱いブドウと、強い品種を組み合わせる――
この日本の農業技術を応用することで、
害虫に強いブドウを育てることに成功したのです。

その結果、ワイン農場は次第に拡大し、
彼はアメリカのワイン産業を支える存在へと成長していきます。

英語が母語ではない日本人が、
知恵と努力で道を切り拓いた――
本当に、誇るべき物語だと思いませんか。


 

海外で日本人の成功を知るということ

 

日本では、アメリカのニュースが毎日のように流れています。
一方で、アメリカで日本のことがニュースになる機会は、決して多くありません。

だからこそ、
アメリカの地で日本人が成功した話を耳にすると、
胸の奥から勇気が湧いてくるのです。

「日本人でも、世界で通用する」
「英語が完璧でなくても、挑戦できる」
長沢鼎の人生は、そのことを静かに、しかし力強く教えてくれます。


 

今も残る、日本人の足跡

 

長沢鼎が築いたワイナリーは、
Paradise Ridge Winery として、現在もその名を残しています。

一昨年、カリフォルニアの大規模な山火事により、
多くの歴史的建造物や資料が失われてしまいました。
それでも、この場所には確かに、
日本人の挑戦の歴史の一コマが刻まれています。

このクリスマス、
ワインを片手に、
「アメリカにも、日本人の歴史があった」という事実に
少し思いを馳せてみるのも、素敵な時間かもしれません。


Paradise Ridge Winery

https://www.prwinery.com/
https://www.prwinery.com/history/